1.序章:ルールは「足かせ」か「盾」か?
ビジネスの現場、特にグローバルな環境で仕事をしていると、必ず耳にする言葉があります。それが “Compliance”(コンプライアンス) です。
「コンプラ、コンプラってうるさいなあ……」と感じたことはありませんか?手続きが増え、スピード感が落ちる要因として、ネガティブに捉えられることも少なくありません。しかし、英語圏のビジネスパーソン、特に信頼されるリーダーたちは、この言葉を単なる「守るべき規則」以上の意味で使います。
今回は、この重要単語 “Compliance” の本当のニュアンスと、現場でスマートに使いこなすためのポイントを解説します。
2. Compliance の核心
2-1. 意味と由来
意味と語源: 「従う」ではなく「満たす」
Compliance は、動詞 comply(従う、応じる)の名詞形です。 しかし、さらに歴史を遡ると、ラテン語の “complere”(満たす、完成させる) にたどり着きます。
お気づきでしょうか? これは “Complete”(完了する、完全な) と同じ語源です。
この言葉の本来のイメージは、「空の器を水でいっぱいに満たす」こと。 そこから、「(要求や願いを)不足なく完全に満たす」「期待に応える」という意味へ発展し、現在の「法令や社会的な要求を完全に満たす」というニュアンスに定着しました。
2-2. ビジネスでのニュアンス
日本では「命令に従う」という受動的な意味で捉えられがちですが、英語の本来のニュアンスは「基準を完全に満たした状態(Complete)にする」という、より能動的でポジティブなものです。
ビジネスにおいては、単に法律を守るだけでなく、「社会的な規範や社内規定という『器』を、信頼という『水』で満たす行為」と捉えると、欧米のリーダーたちがこの言葉を大切にする理由が見えてきます。
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類義語: Adherence(固守)、Conformity(適合)
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対義語: Violation(違反)、Non-compliance(不順守)
「Complianceを重視する」ということは、「私はルールに縛られる人です」ではなく、「私は期待されている基準を、プロとして完全に満たす(Completeできる)能力があります」というアピールになるのです。
3. ショートストーリー:Beacon Biosciences の日常
架空の製薬会社 Beacon Biosciences を舞台に、実際の会話での使われ方を見てみましょう。
登場人物
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Emma(エマ): マーケティング部。急な変更にも動じず、論理的に解決策を探る。
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David(デイビッド): プロジェクトマネージャー(PM)。リスクとプロセスの管理に長けている。
3-1. Dialogue (English)
(Narrator: Friday morning, Emma faces an unexpected problem. She turns to David for a strategy to save the deadline.)
Emma: David, do you have a minute? I’m in a bit of a bind regarding the brochure for next Friday’s seminar.
David: Sure, Emma. I thought you were sending the draft to Legal this morning?
Emma: That was the plan. But late last night, R&D sent over new efficacy numbers. Compliance dictates we must use the latest data, so I have to revise the charts today.
David: That is the right call. We can’t publish outdated information. So, you’ll submit it on Monday?
Emma: Yes, but that creates a timeline issue. If I submit on Monday, the standard three-day review means approval on Thursday. That leaves zero buffer for printing.
David: You’re right. A Thursday approval is too risky for a Friday event.
Emma: Exactly. So, I need to request an expedited review to get approval by Tuesday. Since the delay is due to maintaining data accuracy, do you think Legal will agree?
David: They should. You are prioritizing compliance and accuracy, not just poor planning. That is a strong argument.
Emma: I’m glad you think so. I’ll draft the request now. Could I copy you on the email?
David: Absolutely. I’ll add a note confirming the R&D update came in last night. That external factor validates the need for speed.
Emma: Perfect. With your backup, I’m sure we can secure the expedited review. Thanks, David.
3-2. 動画
3-3. 日本語訳と解説
(ナレーション: 金曜日の朝、エマは予期せぬ問題に直面する。期限を死守するための打開策を、彼女はデイビッドに相談する。)
Emma: デイビッド、少し時間ある? 来週金曜日のセミナー用パンフレットの件で、ちょっと困ったことになって。
David: もちろんさ、エマ。今朝、法務部にドラフトを送る予定じゃなかったっけ?
Emma: そのつもりだったの。でも昨日の深夜、R&D(研究開発部)が新しい有効性の数値を送ってきたのよ。コンプライアンス上、最新のデータを使わなきゃいけないから、今日中に図表を修正しないといけなくて。
David: それは正しい判断だね。古い情報を公表するわけにはいかない。ということは、提出は月曜日になるかい?
Emma: ええ。でも、それだとスケジュールの問題が起きるの。月曜に提出すると、通常の3日間の審査だと承認は木曜日になるわ。それじゃ印刷の予備日がゼロになってしまう。
David: その通りだ。金曜のイベントに対して木曜の承認というのは、あまりにリスクが高すぎる。
Emma: そうなの。だから、火曜日までに承認をもらえるよう、特急審査をリクエストする必要があるの。遅れの理由が「データの正確性維持」のためなら、法務部も同意してくれると思う?
David: してくれるはずだよ。君は単なる計画不足ではなく、コンプライアンスと正確性を優先しているわけだからね。それは強力な説得材料になる。
Emma: そう思ってもらえてよかった。今から依頼文を書くわ。メールにCCを入れてもいい?
David: もちろんだ。R&Dの更新が昨夜来たことを裏付けるメモを僕からも追加しておくよ。その「外部要因」があれば、急ぐ必要性が正当化されるからね。
Emma: 完璧ね。あなたの後押しがあれば、間違いなく特急審査を取り付けられるわ。ありがとう、デイビッド。
3-4. Words and phrases
| 番号 | 単語/フレーズ | 品詞 | 日本語解説 |
|---|---|---|---|
| 1 | be in a bind | 動詞句 | 困った状況にある、苦境にある |
| 2 | brochure | 名詞 | パンフレット、冊子 |
| 3 | dictate | 動詞 | 命じる、要求する |
| 4 | revise | 動詞 | 修正する、見直す |
| 5 | publish | 動詞 | 公表する、出版する |
| 6 | outdated | 形容詞 | 時代遅れの、古くなった |
| 7 | timeline | 名詞 | スケジュール、予定表 |
| 8 | buffer | 名詞 | 予備、余裕、緩衝 |
| 9 | expedited review | 名詞句 | 迅速な審査 |
| 10 | prioritize | 動詞 | 優先する |
| 11 | poor planning | 名詞句 | 不十分な計画 |
| 12 | draft (a request) | 動詞句 | 要望文を作成する |
| 13 | copy (someone) on (email) | 動詞句 | (人)をメールのCCに入れる |
| 14 | validate | 動詞 | 正当化する、妥当性を確認する |
| 15 | secure (approval) | 動詞句 | 承認を確保する |
3-5. 重要語句の解説
1. Compliance dictates…
「コンプライアンス(の規定)により〜しなければならない」 Dictate は「指令する」「決定づける」という強い動詞です。 Emmaはここで、「自分が修正したいから修正している」のではなく、「コンプライアンスというルールがそうさせている(不可抗力である)」と強調しています。ビジネス英語では、主語を Compliance や The regulation にすることで、個人の責任ではなく組織のルールとして話を展開できます。
2. Expedited review
「特急審査」「優先レビュー」 今回のキーワードです。通常(Standard)のプロセスではビジネスチャンスを逃してしまう場合に使います。 ただし、これを使うには次の項目で説明する「正当な理由」がセットで必要です。
3. Outdated information
「古くなった情報」「時代遅れの情報」 最新データ(Latest data)の対義語です。製薬業界や金融業界において、知っていながら Outdated information を出すことは、重大なコンプライアンス違反になります。Emmaが修正作業を優先したのは、プロとして当然の行動であることを示しています。
4. Validates the need for speed
「スピード(急ぐこと)の必要性を裏付ける/正当化する」 Davidのセリフです。特急審査を通すためのテクニックとして、「自分のミス(Internal factor)」ではなく「R&Dからの遅い連絡(External factor)」を理由に挙げ、例外措置を正当化しています。
4. 実践例文
日常業務で使える、シンプルで短い例文です。
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Compliance is very important for our company. (コンプライアンスは私たちの会社にとってとても重要です。)
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We must check the compliance rules. (私たちはコンプライアンス規定を確認しなければなりません。)
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Please send this document to the compliance team. (この書類をコンプライアンスチームに送ってください。)
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He is strict about compliance. (彼はコンプライアンスに関して厳しいです。)
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Our goal is 100% compliance. (私たちの目標は100%の法令順守です。)
5. 結び:信頼を勝ち取るための言葉
“Compliance” という言葉を聞くと、どうしても「面倒な手続き」や「仕事を遅らせる壁」というネガティブなイメージを抱きがちです。しかし、今回のEmmaのストーリーが教えてくれるのは、コンプライアンスとは「ビジネスの品質と安全を保証するための強力な武器」になり得るということです。
トラブルや突発的な変更が起きたときこそ、あなたの真価が問われます。そんな時、ただ慌てるのではなく、”Compliance dictates…”(規定により〜せざるを得ない)と言語化して客観的な正当性を主張し、”Request an expedited review”(特急審査を依頼する)という切り札を使って解決を図ってください。
ルールを「避けるもの」ではなく「使いこなすもの」として捉える姿勢。そして、ルールを厳守しながらも、泥臭く周囲と調整して納期を死守する実行力。これらを英語で表現できたとき、あなたは単なる「英語が話せる人」から「信頼できるビジネスパートナー」へと変わります。ぜひ、明日からの現場でこのマインドセットを実践してみてください。
次回の記事でも、現場で役立つリアルなビジネス英語をお届けします。お楽しみに!
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