1. 序章
「全員に売ろうとして、誰にも刺さらなかった」——そんな経験、ありませんか?
どんなに優れた製品やサービスでも、「誰のために」が明確でなければ、メッセージはノイズに消えてしまいます。ビジネスの現場で、戦略を語るとき必ず登場するのが “target segment” という言葉です。
全員を追いかけるのをやめて、本当に必要としている人を見つける——それが、成功するチームのはじめの一歩です。今回は、スタートアップから大企業まで共通して使われるこのフレーズの真意と、スマートな使い方を解説します。
2. 意味・由来・使いどころ
2-1. 意味
target segment は、市場全体(market)を特定の基準(地域・年齢・業種・ニーズなど)で切り分けた(segment)グループのうち、自社が重点的にアプローチする対象を指します。「ターゲット」と「セグメント」はそれぞれ単独でも使いますが、組み合わせることで「絞り込んだ上で狙う」という戦略的ニュアンスが生まれます。
2-1-a. 補足:「全員向け」との違い
「全員に届けたい」という気持ちと「ターゲットを絞る」という戦略は、一見対立するように見えますが、実は前者が後者の重要性を証明しています。
Mass Market vs. Target Segment — 比較
区別なく市場全体にアプローチする方法。リソースが分散し、メッセージが薄まりやすい。
診断ツールが必要な人なら誰にでも売ります。
差別化しにくい
Everyone
ニーズや特性で絞り込んだ顧客群に集中する方法。リソースを集中させ、共鳴するメッセージを届けられる。
ターゲットセグメントは第II相試験を実施している中規模の研究病院です。
差別化できる
The right ones
「全員に届けたい」なら “We target all hospitals.”(リソース分散のリスク大)。
「価値が最も伝わる相手を狙う」なら “Our target segment is research hospitals with active clinical trials.”(戦略的集中)。
絞るほど、メッセージの刺さり方が変わります。
2-2. 由来
この言葉は、マーケティングの基本概念 STP(Segmentation・Targeting・Positioning) から来ています。1950〜60年代に登場したマーケティング理論の中で、「市場を切り分け(Segment)、その中から狙う対象を選ぶ(Target)」という考え方が体系化されました。
フィリップ・コトラーの著作を通じて世界に広まり、現在では製薬・医療機器産業から IT、消費財まで、あらゆる業界で使われる必須ビジネス語彙となっています。
2-3. ビジネスでの使いどころ
- 新製品のゴートゥーマーケット戦略を立案するとき
- 限られた予算や営業リソースをどこに集中するかを議論するとき
- 製品メッセージや価値提案を特定の顧客像に合わせて磨くとき
- 投資家や経営陣に「誰が買うのか」を明確に説明するとき
2-4. 類義語
ターゲット層。広告やコミュニケーションで届けたい相手(より広義で使われる)
顧客セグメント。既存顧客を属性で分類した集合(内部分析に多用)
ニッチ市場。特定のニーズを持つ非常に小さな顧客群(より専門特化した文脈で使用)
理想的な顧客像。B2B営業でよく使われる、最も価値を引き出せる顧客の具体的な定義
3. ストーリー
前回のエピソード(take ownership / pivot)では、新しい診断キットのターゲットを小規模クリニックから研究病院市場へと方向転換することを決断したKenji。「研究病院向けの新しい提案書をまとめよう」——そう締めくくられた会議から数日後、いよいよ具体的な実行フェーズに入ります。しかし「研究病院」と一口に言っても、規模も目的も異なる施設が全国に無数にあります。
「どこから動けばいいのか」——Kenjiは再びSarahのもとを訪ねます。
3-1. 英文ダイアログ
Scene: A meeting room at Beacon Biosciences Japan. Kenji (Project Manager) meets with Sarah (Senior Marketing Director, HQ) to move forward on the research hospital strategy they agreed on after the pivot decision. The direction is set — but now they need to decide where to start.
Kenji: Sarah, I have been working on the new proposal for research hospitals. But there are so many types. University hospitals, private research centers, regional medical institutes…
Sarah: That is a good problem to have. It means the market is real. But we cannot approach all of them at once.
Kenji: Right. So how do we decide where to start?
Sarah: We need to define our target segment within the research hospital market. Not all hospitals are equally ready for our kit.
Kenji: What makes one hospital a better fit than another?
Sarah: Think about three things: urgency, volume, and access. Who needs fast, reliable results the most right now?
Kenji: Hospitals running active Phase II or Phase III clinical trials. A delay in test results can stall the whole study.
Sarah: Exactly. And volume?
Kenji: One active trial hospital could run hundreds of tests per month. A regional institute might run far fewer.
Sarah: Right. One contract with the right hospital moves far more units than ten smaller ones combined. That is the real advantage of scale.
Kenji: And access — we already have contacts at two university hospitals through the R&D team.
Sarah: Perfect. So what is our target segment for the first phase?
Kenji: Mid-sized university hospitals running active clinical trials — where we already have a relationship.
Sarah: Exactly. We pivoted to the right market. Now we are targeting the right entry point within it.
Kenji: I see the difference now. Pivot was about which ocean to sail. Target segment is about which port to enter first.
Sarah: I like that. Write that down — it will make a good opening line for your proposal.
Kenji: Understood. I will have a draft ready by Thursday.
Sarah: Good. This time, I think we are ready to move.
3-2. 動画
3-3. 日本語訳と解説
場面:Beacon Biosciences 日本支社の会議室。Kenji(プロジェクトマネージャー)がSarah(本社シニア・マーケティング・ディレクター)のもとを訪ね、ピボット決定後に合意した研究病院戦略を前進させようとしている。方向性は決まった——今度は「どこから動くか」を決める番だ。
Kenji: Sarah、研究病院向けの新しい提案書に取り組んでいます。でも種類が多くて。大学病院、民間研究センター、地域医療研究機関……。
Sarah: それは良い悩みね。市場が本物だということだから。でも一度にすべてにアプローチはできないわ。
Kenji: そうですね。ではどこから始めるかをどう決めますか?
Sarah: 研究病院市場の中で target segment を定義する必要があるの。すべての病院が同じようにキットを受け入れる準備ができているわけじゃないから。
Kenji: ある病院が別の病院より適している理由は何でしょう?
Sarah: 三つのことを考えてみて。緊急性・量・アクセス。今、迅速で信頼できる結果を最も必要としているのは誰かしら?
Kenji: 第II相・第III相の臨床試験を進めている病院です。検査結果が遅れると試験全体が止まってしまいます。
Sarah: まさにね。では量は?
Kenji: 試験を進めている病院なら月に何百件も検査するかもしれません。地域の研究機関はずっと少ないでしょう。
Sarah: そうよ。適切な病院との契約1件で、小さな施設10件分を合わせた量を上回る。それが規模による本当の優位性ね。
Kenji: アクセスについては——R&Dチームを通じて、すでに2つの大学病院にコネクションがあります。
Sarah: 完璧ね。では最初のフェーズの target segment は何かしら?
Kenji: すでに関係のある、臨床試験を進めている中規模の大学病院です。
Sarah: まさに。私たちは正しい市場にピボットした。今度はその中の正しい入口を狙っているのよ。
Kenji: 違いが分かりました。ピボットはどの海を航海するかでした。ターゲットセグメントはどの港に最初に入るかです。
Sarah: いい表現ね。書き留めておいて——提案書の書き出しに使えるわ。
Kenji: 了解しました。木曜日までに草稿を用意します。
Sarah: いいわ。今回はいよいよ動けると思うわ。
3-4. Words and Phrases
| # | 単語 / フレーズ | 品詞 | 日本語解説 |
|---|---|---|---|
| 1 | target segment | 名詞句 | 絞り込んだ重点アプローチ対象グループ |
| 2 | urgency | 名詞 | 緊急性 |
| 3 | Phase II / Phase III | 名詞句 | 第II相・第III相(臨床試験のフェーズ区分) |
| 4 | stall | 動詞 | (計画・試験などが)止まる、頓挫する |
| 5 | advantage of scale | 名詞句 | 規模による優位性、スケールメリット |
| 6 | entry point | 名詞句 | 参入点、最初に攻めるべき切り口 |
| 7 | first phase | 名詞句 | 第一フェーズ、最初の段階 |
| 8 | have a draft ready | 動詞句 | 草稿を用意する、下書きを仕上げる |
4. すぐに使えるシンプルな表現
- Who is our target segment?
私たちのターゲットセグメントは誰ですか? - We need to define our target segment first.
まずターゲットセグメントを定義する必要があります。 - Our target segment is research hospitals.
私たちのターゲットセグメントは研究病院です。 - This product is not right for every segment.
この製品はすべてのセグメントに適しているわけではありません。 - A clear target segment helps us focus our efforts.
明確なターゲットセグメントは、私たちの努力を集中させてくれます。
5. 結び
Kenjiはpivotで「どの海を航海するか」を決め、今回「どの港に最初に入るか」を決めました。この二つは、実はセットです。市場を変える決断(pivot)だけでは、まだ動けません。その市場の中で最初に集中すべき相手(target segment)が定まって、はじめて実行が始まります。
target segment を定義することは、他の顧客を諦めることではありません。緊急性・量・アクセスという三つの問いに答えることで「最初の港」が見えてきます。そこで実績を積んでこそ、次の港へ向かう力が生まれます。
方向転換の後に訪れる、この問いを忘れずに——
(私たちのターゲットセグメントは、誰ですか?)





